いわて観光おもてなしマイスター
関宮 治良 (セキミヤ ハルヨシ)
所属施設・団体:古都ひらいずみガイドの会 事務局長
TEL:0191-46-5710
FAX:0191-46-3518
主な経歴
- 1962年9月 平泉町職員、後平泉町総務課長、観光商工課長、教育次長など
- 1999年4月 平泉商工会事務局長(~2006年3月)
- 2007年12月 いわて観光おもてなしマイスターに認定
私のおすすめの「地域の魅力」「地域のイチオシ観光情報」
平泉は12世紀、藤原氏4代およそ100年にわたって黄金文化を中心に栄えたみちのくの都です。往事の建物のほとんどは焼失し、わずかに金色堂にその名残をとどめます。
また、義経最期の地として、弁慶の立ち往生などの伝説が伝わり、さらには平安の歌人西行や、奥の細道を行脚した芭蕉が「夏草やつわものどもが夢の跡」と詠んだ地でもあります。
2008年7月には世界遺産の登録がよていされ、「浄土の景観」がこの世に映されている「毛越寺」や宇治の平等院を模して建てられたといわれる「無量光院」跡など、遺構が残されています。
所属団体、団体の紹介
古都ひらいずみガイドの会はみちのく「岩手のやさしさ」をガイドすることとし、訪れる旅人を温かく迎えます。
元禄2年、芭蕉が「奥の細道」を旅します。文治5(1189)年、平泉で義経が弁慶とともに最期を遂とげ、その3ヵ月後に源頼朝によって滅ぼされます。元禄2(1689)年はその年から数えてちょうど500年目、おしやられていたみちのくのものどもの魂を弔う、それが奥の細道のもう一つの旅であったのではないでしょうか。
何か新しい発見があるかもしれません。忘れ去れたなつかしい昔の風景、ともいうべき暖かさがあなたを迎えます。
所属団体、団体の紹介
趣味として、山菜、きのこなど春から秋までほとんど山で過ごします。高村光太郎は戦後の食糧難の時代花巻に疎開し、東京の友人に宛て「岩手の大地から食料が湧いて出る」と表現いたしました。
ガイドは足が基本、平泉駅から芭蕉が歩いたコースをたどってみませんか。


















