早池峰神楽特集

早池峰神楽は岩手県の風土が育んだ、自然を敬う日本の心の表れ

岳神楽(たけかぐら)保存会会長 小国 朋身さん

早池峰神楽(岳神楽)はどのようにして生まれたのですか?
早池峰神楽は、山伏が伝えたものだとか諸説ありますが、もともと早池峰山への信仰があって成り立っているものです。日本人は八百万(やおよろず)の神への畏敬の念を持っていましたからね。古来からの生活に根付いた思想や文化あっての早池峰神楽なんです。そこがユネスコの無形文化遺産登録候補にも繋がったのかなと思っています。
「神楽」は、神様に奉納する神聖な舞なのですか?
普通、神楽とは信仰の現れであって、芸能に端を発したものではありません。しかし早池峰神楽は信仰と同時に、人に見てもらうという芸能の色合いも濃いのです。神社はもちろん、縁起物として民家に呼ばれたり、イベントで舞ったり。舞う機会が多いために、その技術も磨き伝えられて来たのです。信仰が無ければ成り立ちませんが、芸能的な面とのバランスに支えられているんですね。
早池峰神楽(岳神楽)の舞い手って、大変ではありませんか?
岩手県には伝統芸能と呼ばれるものが、1400くらいあると聞いています。芸能は必ずしも生活必需品では無い。合理的では無いんです。そういったものを残しておく精神や土地柄が、良い意味で都会化していないのだと思います。そういう土地で育ててもらった神楽を舞っている。岩手県に生まれた誇りです。その誇りが無ければ良い舞いは見せられないし、見てくれる人がいなくなれば、この伝統も失われてしまうものだと思っています。
初めて早池峰神楽(岳神楽)を見るときの見所は?
初めて早池峰神楽を見るときには、心を澄まして、見たまま感じたままを楽しんで欲しいと思っています。文化がどうとか、歴史がどうとか、頭で考えるものでは無いんです。肌で感じて欲しい。神楽のリズムや太鼓の音、足踏みの音などを、自分の心で感じる。自分の中の、日本人の心を思い起こしてもらったらいいと思います。

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自然と共にある人々の、暮らしの中の祈りにも似た早池峰神楽

大償神楽(おおつぐないかぐら)保存会会長 佐々木 裕さん

早池峰神楽(大償神楽)とはどういったものですか?
岩手県花巻市の大迫という地で黙々と育まれたものが、ユネスコの無形文化遺産登録候補という形で認められたのだと思っています。ただ、どのような形であれ、今あるものを後世まで伝えていくための努力をすることに変わりはありません。後継者を養成しながら、伝統をずっと受け継いでいくために一生懸命やるだけなんです。
舞い手として舞台に立つまでの練習期間は?
舞台に立つまでには、大体7~8年くらいですね。実際の舞を見て覚えていきます。全員が、舞も笛も太鼓も全て覚えているんです。この人は笛だけとか、そういうことはありません。年配者が踊りを引退して、笛や太鼓を担当するということはありますけどね。80歳くらいでも舞っている人もいますが、その人は舞いの上手さにかけて、100年に一度現れるかどうかの特殊な人だと思っていますよ。
早池峰神楽(大償神楽)を舞っていて大変なところは?
演目によって舞は変わりますし、公演ごとに人も変わります。誰の舞でも合わせられるように練習していないといけませんからね。練習をしていないと、頭で思い描くように体が動かなかったりするから、常に練習しています。「神楽の日」という定期公演などがあって、見てくれる人がいるので励みになりますよ。
早池峰神楽(大償神楽)の見所を教えて下さい。
早池峰神楽は、山や川などの自然があって、風土があって、そこに住む人がいて、早池峰山を取りまく全ての環境の中で育まれた産物です。生活と信仰が密接に結びついていて、芸能だけが一人歩きするものではないんですよ。生活の中の祈りが、舞として表れているものなんです。教えられた舞というのではなく、身振り手振りが自然と身に付いてしまうものなんですね。信仰と生活がひとつになった神楽なので、そこを見て欲しいと思います。

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