宝徳寺ホウトクジ
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万治元年(1658)に開基され区内一の檀家を擁するこの寺は、石川啄木が2歳~10歳まで過ごした寺。岩手山を真正面に見る境内には「ふるさとの寺の畔のひばの木のいただきに来て啼きし閑古鳥」の歌碑が建っている。
| 連絡先名 | 宝徳寺 |
|---|---|
| 所在地 | 〒028-4132 岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民2-1 |
| 利用時間 | 年中無休 |
| 電話番号 | 019-683-2616 |
| FAX番号 | 019-683-1130 |
| ホームページ | あり(ホームページを見る) |
関連カテゴリ:
ルート1: 盛岡駅 → 【バス40分】 沼宮内行き啄木記念館前 → 【徒歩3分】 宝徳寺
ルート2: 滝沢IC → 【車10分】 宝徳寺
近隣交通情報 閉じる
| 駅/インター | 距離 | 方法 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 渋民駅 (周辺へ地図移動) | 1.9km | 車・タクシー | 2分 |
| 自転車 | 8分 | ||
| 徒歩 | 38分 | ||
| 好摩駅 (周辺へ地図移動) | 3.2km | 車・タクシー | 4分 |
| 自転車 | 14分 | ||
| 滝沢駅 (周辺へ地図移動) | 5.5km | 車・タクシー | 8分 |
| 自転車 | 25分 | ||
| 東大更駅 (周辺へ地図移動) | 6.8km | 車・タクシー | 10分 |
| 自転車 | 31分 | ||
| 巣子駅 (周辺へ地図移動) | 7.1km | 車・タクシー | 10分 |
| 自転車 | 32分 |
近隣観光地情報 閉じる
| 観光地 | 距離 | 方法 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 石川啄木記念館 (地図移動) | 0.1km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 0分 | ||
| 徒歩 | 2分 | ||
| 啄木の文学を訪ねるみち (地図移動) | 0.3km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 1分 | ||
| 徒歩 | 6分 | ||
| 渋民公園 (地図移動) | 0.6km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 2分 | ||
| 徒歩 | 11分 | ||
| 北上河畔の歌碑 (地図移動) | 0.6km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 2分 | ||
| 徒歩 | 11分 | ||
| 東楽寺 十一面観音 (地図移動) | 4.1km | 車・タクシー | 6分 |
| 自転車 | 18分 |
石川啄木
盛岡市出身の詩人。盛岡尋常中学校(後の盛岡中学校)金田一京助や後の妻である堀合節子らと出会う。『明星』に傾倒し、上級生である野村胡堂・及川古志郎らの影響を受けて文学に目覚め、明治35年中学校を自主退学・上京する。与謝野鉄幹夫妻を訪ねて指導を受け、明治38年『啄木』の名で詩集『あこがれ』を刊行。同年に文芸誌『小天地』を創刊するが、経済的に行き詰まり1号で終刊となる。明治39年渋民村に戻り、母校の渋民尋常小学校の代用教員となるが、翌年北海道行きを決意。辞職を申し出て引き止められるものの、ストライキ騒ぎを指導し免職。ここから函館、札幌、小樽、釧路と漂泊の生活を送る。明治41年に再び上京し『東京毎日新聞』に小説『鳥影』を連載。明治43年には処女歌集『一握の砂』を刊行。生活派歌人として評価されるが、貧困と病のため明治45年、故郷へ戻ることなく永眠した。
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