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石川啄木句碑イシカワタクボククヒ

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 「いのちなき砂のかなしさよ、さらさらと握れば指のあひだより落つ」啄木が明治33年、中学3年の修学旅行で訪れた際に詠んだ碑。

基本情報

連絡先名 陸前高田市観光物産協会
所在地 〒029-2205 陸前高田市高田字古川
電話番号 0192-54-5011
FAX番号 0192-55-2145
ホームページ あり(ホームページを見る
メールアドレス tapic45@poppy.ocn.ne.jp

関連カテゴリ: 人 観光施設 自然 歴史文化

  • 石川啄木句碑

アクセス&マップ

ルート1: 一ノ関駅 → 【在来線105分】 陸前高田駅 → 【徒歩15分】 石川啄木句碑

ルート2: 一関IC → 【車70分】 石川啄木句碑

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ゆかりの人


石川啄木

石川啄木

盛岡市出身の詩人。盛岡尋常中学校(後の盛岡中学校)金田一京助や後の妻である堀合節子らと出会う。『明星』に傾倒し、上級生である野村胡堂・及川古志郎らの影響を受けて文学に目覚め、明治35年中学校を自主退学・上京する。与謝野鉄幹夫妻を訪ねて指導を受け、明治38年『啄木』の名で詩集『あこがれ』を刊行。同年に文芸誌『小天地』を創刊するが、経済的に行き詰まり1号で終刊となる。明治39年渋民村に戻り、母校の渋民尋常小学校の代用教員となるが、翌年北海道行きを決意。辞職を申し出て引き止められるものの、ストライキ騒ぎを指導し免職。ここから函館、札幌、小樽、釧路と漂泊の生活を送る。明治41年に再び上京し『東京毎日新聞』に小説『鳥影』を連載。明治43年には処女歌集『一握の砂』を刊行。生活派歌人として評価されるが、貧困と病のため明治45年、故郷へ戻ることなく永眠した。

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