石川啄木句碑イシカワタクボククヒ
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「いのちなき砂のかなしさよ、さらさらと握れば指のあひだより落つ」啄木が明治33年、中学3年の修学旅行で訪れた際に詠んだ碑。
| 連絡先名 | 陸前高田市観光物産協会 |
|---|---|
| 所在地 | 〒029-2205 陸前高田市高田字古川 |
| 電話番号 | 0192-54-5011 |
| FAX番号 | 0192-55-2145 |
| ホームページ | あり(ホームページを見る) |
| メールアドレス | tapic45@poppy.ocn.ne.jp |
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ルート1: 一ノ関駅 → 【在来線105分】 陸前高田駅 → 【徒歩15分】 石川啄木句碑
ルート2: 一関IC → 【車70分】 石川啄木句碑
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| 駅/インター | 距離 | 方法 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 陸前高田駅 (周辺へ地図移動) | 1.1km | 車・タクシー | 1分 |
| 自転車 | 4分 | ||
| 徒歩 | 21分 | ||
| 脇ノ沢駅 (周辺へ地図移動) | 2.2km | 車・タクシー | 3分 |
| 自転車 | 10分 | ||
| 徒歩 | 43分 | ||
| 竹駒駅 (周辺へ地図移動) | 3.7km | 車・タクシー | 5分 |
| 自転車 | 17分 | ||
| 陸前矢作駅 (周辺へ地図移動) | 5.0km | 車・タクシー | 7分 |
| 自転車 | 22分 | ||
| 小友駅 (周辺へ地図移動) | 6.1km | 車・タクシー | 9分 |
| 自転車 | 28分 |
近隣観光地情報 閉じる
| 観光地 | 距離 | 方法 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 高浜虚子の句碑 (地図移動) | 0.0km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 0分 | ||
| 徒歩 | 0分 | ||
| 高田松原 (地図移動) | 0.1km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 0分 | ||
| 徒歩 | 2分 | ||
| 高田松原海水浴場 (地図移動) | 0.2km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 1分 | ||
| 徒歩 | 4分 | ||
| 道の駅「高田松原」タピック45(休館中) (地図移動) | 0.4km | 車・タクシー | 0分 |
| 自転車 | 1分 | ||
| 徒歩 | 8分 | ||
| 蟹のふわふわ(川蟹汁) (地図移動) | 1.1km | 車・タクシー | 1分 |
| 自転車 | 5分 | ||
| 徒歩 | 22分 |
石川啄木
盛岡市出身の詩人。盛岡尋常中学校(後の盛岡中学校)金田一京助や後の妻である堀合節子らと出会う。『明星』に傾倒し、上級生である野村胡堂・及川古志郎らの影響を受けて文学に目覚め、明治35年中学校を自主退学・上京する。与謝野鉄幹夫妻を訪ねて指導を受け、明治38年『啄木』の名で詩集『あこがれ』を刊行。同年に文芸誌『小天地』を創刊するが、経済的に行き詰まり1号で終刊となる。明治39年渋民村に戻り、母校の渋民尋常小学校の代用教員となるが、翌年北海道行きを決意。辞職を申し出て引き止められるものの、ストライキ騒ぎを指導し免職。ここから函館、札幌、小樽、釧路と漂泊の生活を送る。明治41年に再び上京し『東京毎日新聞』に小説『鳥影』を連載。明治43年には処女歌集『一握の砂』を刊行。生活派歌人として評価されるが、貧困と病のため明治45年、故郷へ戻ることなく永眠した。
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